HISTORY

ホテルニューオータニ高岡の
掲げる志とは。
その原点を探る。

高岡市の歴史とは。

高岡の歴史を知るには、約400年前まで遡ります。1609年、高岡市の先駆者でもある二代目加賀前田家当主『前田利長』が富山で隆盛を奮う時代です。現代まで高岡に息づくものづくり文化としての始まりは、利長が産業の振興を目的に南砺市より腕の立つ有名な鋳物師を集め、現在の金屋町へと招いたことが原点となりました。しかし、街づくりに取り掛かったのも束の間、1614年に利長が亡くなり、さらには、「一国一城令」により、高岡城が廃城するなど、高岡は存続の危機に瀕することになりました。しかし、その想いを根強く引き継いだのが、三代目当主『前田利常』です。その手腕によって導かれた高岡は商業都市への転換が図られ、物資の集散地としての性格が与えられるようになり鋳物や麻・綿などの生産地としても大きく成長していったのです。また、穀倉地帯を控え、米などの物資を運ぶ良港を持ち、米や綿・肥料などの取引拠点として「加賀藩の台所」と呼ばれる程にまで発展を遂げました。
そうすることで、町の人々に活気が訪れ、高岡固有の祭礼など、地域に富を還元することで、町民自身が担う文化を形成していきました。その後も、町民の町として発展し続け、現在では町割り、町街道、街並み、生業や伝統行事などに、高岡町民の歩みが色濃く残されています。
明治維新後、高岡は近世の都市構造を基盤としながら、北陸鉄道・中越鉄道の開通や、綿・布・肥料などを扱う会社の創業、銀行の設立が相次ぎ、徐々に近代的な都市へと変化していきます。1900年には、大火により市街地の約6割を焼失しましたが、山町筋では防火に優れた土蔵造りの街並みに姿を変えて復興を遂げるなど、商都高岡の発展は衰えることなくその後も続き、今日までその文化を築いていったのです。
高岡の繁栄には利長や利常の力添えはもちろんですが、町民や職人たちのこだわりと、町づくりへの想いがあったからに他なりません。
高岡の人々には今もその気質が色濃く受け継がれ、ものづくりにかけた想いや、町を愛する心を皆宿しているのです。

ホテルニューオータニ高岡の誕生。

ホテルニューオータニ高岡はどのようにして生まれたのでしょうか。発端は1980年、高岡市開発事業の計画時。その中で、日本のホテル御三家の一つとされるホテルニューオータニ設立の話が飛び交ったのです。ホテルニューオータニの創始者、大谷米太郎氏が高岡市の隣町にある小矢部市出身であることをきっかけに、郷土への想いが出店を現実のものとしたのです。1986年に都市型シティホテルと、約40店舗の専門店からなる商業施設を核に、様々な商品を扱う複合施設としてオープンし、それ以来「高岡のシンボル」として町に根差すホテルとして、高岡に寄与していきました。
北陸では新しいホテル文化の創出と情報発信の担い手として、今日まで数多くの物語を歩み続けてきました。しかし、ホテルニューオータニ高岡はまだまだ発展している最中と言えます。今までの伝統を継承していきながら、新しいことへ挑戦していく姿勢をスタッフ一人一人が自覚し、高岡らしい職人気質でこだわりをもったサービスを追求しています。新たな文化や魅力の創造を追い求め、新しい価値を提供し、これからも日々歩み続けていきます。